磐田市岩井地区の桶ヶ谷沼で自然環境の保全・復元活動を行っています

ベッコウトンボの保護・増殖への挑戦

「自然との共存・外来生物との戦いの日々のはじまり」

はじめに

私どもの岩井地区は、源頼朝が天下を統一して京に上洛の途中、当地区に立ち寄り、父義朝、兄朝長の菩提を願って放生会を催し、鶴を放鳥した池が鶴ヶ池、徳川軍が飼葉桶を洗った沼が桶ヶ谷沼など、歴史と伝統のある地域であり、私たちが子供の頃は桶ケ谷沼の沼縁では米を作り、山では薪を切り出し、鶴ヶ池ではジュンサイを採り、イグサを刈るなど、共に共存してきた自然豊かな里山でした。


昭和30年代後半から地区の北を東名高速道路が通り、周辺には工場も建ち、この岩井地区も都市化の波が迫ってきました。そんな中で平成3年桶ヶ谷沼一帯が「自然環境保全地域」に指定されました。しかし、平成9年桶ヶ谷沼にアメリカザリガニが大発生し、沼の水生植物が食い尽くされ、ベッコウトンボも絶滅の危機を迎えました。


地元住民としては、自然豊かな里山の環境悪化を食い止める手助けは出来ないものかと考え、相談の決果、昔からの言い伝えや鶴ヶ池や桶ヶ谷沼での農作業、或いは子供の頃遊んだ経験等を参考にして、自然豊かな里山の復元に挑戦することにしました。


里山の会が正式に発足するのは平成18年ですが、それ以前にも様々な活動をしてきました。 平成6年には観察路沿いの草刈を始めましたが、これは現在まで続いています。
平成8、9年には沼西尾根観察路造りに伴い、山林の伐採も行いました。

 

平成13年に保全計画が見直され、それまでの「自然に手を着けない保全」から「人が手を加えながらの保全」へと方向転換が図られ「ふる里いきものふれあいの里構想」が策定されました。


平成14、15年には、観察路の整備が進み、沼面ルートも造られ、観察小屋やあずま屋も出来、来訪者が沼を一周しながら観察できるようになりました。
平成16年4月「桶ヶ谷沼ビジターセンター」が開設され、岩井里山の会も沼の復元に向けて本格的に活動を始めました。

 

岩井里山の会の活動及び目標

 

1. 水質浄化を図る
繁ったアシやマコモなどに囲まれ水が滞り淀んだ水を、水路を造って浄化する。


2. 不用木の伐採
手つかずのために暗くなってしまつた森を、不用木を伐採して明るい林にする。


3. ベッコウトンボ対策
沼本体から、安定的かつ多数のベッコウトンボの羽化を目指す。

 

水質浄化活動

沼の周囲はアシ、マコモ等に覆われ、水の流れがさえぎられて淀み、沼の水質悪化の要因になっています。従って沼の北と南の湿地帯を切り開いて水路を造り、沼の北にある井戸水や沼に流れ込む雨水を桶ヶ谷川に流すことで水質浄化を図ることにしました。

 

平成16年、水路幅2メートル、深さは50センチから1メートル位、長さは120メートルの水路を沼の北側から沼中央に向けて造ることにしました。アシやマコモの根は太くて長く、分厚くはびこって、人が乗つても沈むこともなくその掘り出し作業は想像を超える苦難の連続でした。

 

この水路の西側にトンボの好む「開放水面」40箇所造りました。これは湿地帯のアシ、マコモを掘り出し、2メートル四方の開放水面を造りトンボが好んで産卵できるように造ったものです。

 

また17年に水路の出口となる沼の南側に幅2メートル、深さは1メートル位、長さが80メートルの水路を沼から桶ケ谷川に向けて造りました。アシやマコモの浮島は厚さが50センチから1メートル位あり、浮島の上に板を渡して作業を進めましたが、足場も悪く根を掘り始めると浮島の底が抜けて、会員が沼に落ちることも度々あり、なかなかの難工事でした。

沼周辺の不用木の伐採

昔の沼周辺は明るい松林でしたが、いまではシイを初めとする常緑広葉樹がはびこり、暗い森となってしまいました。日の光が地面まで届き、雑草が茂り、昆虫や小鳥があつまる明るい林を取り戻そうと不要木を伐採することになりました。

平成14年から18年にかけ、沼の西側山林の不用木の伐採を行い、平成19年から21年にかけて沼の北側から鹿島神社の西側まで不用木を伐採しました。

アメリカザリガニの捕獲活動

平成8年まで沼水面一面にヒシ、タヌキモ、クロモ、オニバス等の水生植物が水面を埋めていました。平成9年アメリカザリガニの大発生以来、桶ヶ谷沼はそれらの水生植物は姿を消し、現在に至っています。


アメリカザリガニの捕食実験をしたことがあります。スゲ、マコモと水生植物のヒシ、タヌキモ、クロモの入ったコンテナの中にザリガニを10匹入れてみました。すると5日から一週間でコンテナの中の水生植物は食べ尽くされ、残ったのは根をかじられたスゲとマコモだけで水生植物の姿は見られませんでした。アメリカザリガニ捕食の脅威的な姿を目の当たりにしました。


アメリカザリガニを二つの方法で捕獲してきました。沼に餌のソーセージの切れ端を入れたカニ網を設置しておき、網に入ったアメリカザリガニを捕獲する方法と、杉の小枝を沼に入れておき、そこに集まる稚ザリガニをタモで掬い取る方法です。


カニ網による捕獲は平成17年から、50枚のカニ網を毎週1回計40回引き上げて捕獲してきました。杉の小枝による捕獲は平成16年から、年によって違いはありますが、1~12月まで不特定で捕獲してきました。その結果はカニ網では7年間で56,484匹、杉の小枝では78,146匹、合計134,630匹を捕獲しました。

 

アメリカザリガニの成魚の捕獲数は年々減少傾向にありますが、稚ザリガニは掬つても、掬つても減らず、まさに湯水の湧くが如く捕獲されます。稚ザリガニは年間を通して捕獲されますが、夏場は少なく、9月から翌年5月頃までによく捕獲されます。特に寒い時期の数ミリの小さいうちが捕獲するのに適していると思います。

 

沼北湿地帯(アシ原)にトンボの生殖場所作り

昔平成18年4月、岩井地区の里山の保全活動を通じて地域づくりの場を創出するとともに次世代により良い里山を継承することを目的に「岩井里山の会」が正式に発足し、里山の会として復元活動を本格的に開始しました。


沼北湿地帯1,500㎡を開墾して、幅5メートル、長さ25メートルの田んぼ復元池を3面造りました。赤トンボ対策の一助となればと考え、実に50年ぶりに桶ケ谷沼に田んぼが復活、地元の子供も参加して田植えをしました。

 

しかし田んぼや開放水面にトンボは産卵をするのですが、アメリカザリガニが生息している場所では殆どトンボの羽化はみられません。


一方、平成17年に湿地帯にベッコウトンボの誘致を目的に設置しておいたプラ舟コンテナから、平成19年4~6月に26頭のベッコウトンボが羽化をしました。

 

ザリガニの影響を受けない池造り

① 木製木枠複元池(後の木製トンボ生簀)

平成20年田んぼ復元池を改修して木製木枠でザリガニの侵入を防ぐ木製木枠復元池を3基造り、そこへマコモ、イグサ、水生植物等を移植したら順調に増殖してトンボの産卵も見られました。しかし予期せぬ不具合が見つかりました。木枠が乾燥して板の継ぎ目に隙間ができ、数ミリの稚ザリガニが侵入し、大きくなつて水草を食い荒らすことが判明しました。
急遽21年4~6月のベッコウトンボの産卵期に間に合わせるために改修を行いました。

 

② 木製トンボ生簀

平成21年3月、稚ザリガニの侵入を防ぐために、木製木枠復元池に細かなネットを二重に張って、これを木製トンボ生簀と呼び、マコモ、イグサ等を移植してベッコウトンボの産卵を待つことにしました。計画通りに4~6月にはベッコウトンボ等が産卵し、10月にはベッコウトンボのヤゴを確認することができました。
平成22年4~6月に木製トンボ生簀から待望のベッコウトンボ95頭が羽化をしました。また周辺に設置したプラ舟コンテナからは22頭羽化し、合計117頭の羽化を確認しました。この成果をその後の生簀造りの参考にしました。

 

③ ヒシの池

平成22年5月、平成20年に造り経過観察中の水生植物のための池に沼土を投入し、ヒシ、ジュンサイ、クロモを移植し、ヒシの実を播種して水生植物の復活を試みました。これを「ヒシの池」と呼ぶことにしました。沼古来の水生植物復活を願って造ったヒシの池は、今では沼本体には見られなくなった水生植物が復活しました。

チョウトンボ、ショウジョウトンボ等が乱舞、産卵する情景は、トンボが多く見られた以前の光景を思い出させてくれます。羽化殻も数えきれないほど見られました。

 

④ 改良型トンボ生簀

平成22年10月、改良した木製トンボ生簀(4メートル×4メートル)2基を造りました。
水深は異常水位低下を考慮して深めの50センチとしました。沼土も多めに入れました。マコモ、スゲ、イグサはアメリカザリガニが根に棲み着いている可能性があるので、掘り取り、天日に干し駆除した後移植しました。23年春の産卵を期待して経過を観察することにしました。秋から冬の生簀、コンテナの管理としては、繁茂しすぎたマコモ等で水面が狭くなり、トンボの羽化、産卵に支障をきたすために、マコモ等を間引きをしたり刈り取ったりします。

⑤ ベッコウトンボ沼北復元池から325頭羽化

平成23年4~6月にで示した「木製トンボ生簀」から大量のベッコウトンボが羽化をしました。生簀内235頭、コンテナ90頭、計325頭が羽化をしました。毎年行っているベッコウトンボ定量調査では、この年桶ケ谷沼全体で197頭が確認されましたがその内、木製トンボ生簀の周りでは134頭(70%)が確認されました。
予想以上の数の羽化に感激し、会員のこれまでの苦労が報われた思いがしました。


⑥ 長持ちする生簀造り

平成23年10月、これまで造ってきたトンボ生簀は木製のためいたみ、腐食に弱いので、長持ちする生簀を造ることにしました。底板の下にはネットを二重に張り、側板にもネットを二重に張り、その外側に細かなステンレスの網、さらにトリカルネット(メッシュの網)一番外側に腐食に強い畔波板(プラスチック製)を打ち付けた改良トンボ生簀を2基試験的に造りました。
沼土は10センチから多いところは20センチ入れ、マコモも天日に干してアメリカザリガニを駆除した後、疎らな開放水面状態になるように移植しました。24年4~6月の産卵を期待して現在、経過を観察中です。

 

⑦ 木製トンボ生簀の造り方

アメリカザリガニが多く生息している今の沼の現状では、沼本体から安定的、かつ多くのベッコウトンボを羽化させるには、アメリカザリガニの影響を受けない木製トンボ生簀が、里山の会としては最も適していると思います。この生簀造りの手順を紹介します。
湿地帯に生簀設置場所の除草。アシ、マコモ等の根を掘り出す作業。生簀を埋設するために沼土を60センチ掘り出す作業。並行して、上記で紹介した生簀の組み立て作業。完成した生簀を打ち込んだ杭に水深を定め固定、沼土を搬入、天日に干してザリガニを駆除したマコモ、イグサ等を移植して完成。

 

まとめ

岩井里山の会が桶ケ谷沼の復元目標を達成するために、最初に取り組んだ復元活動は沼の水質浄化を図ることでありました。平成16,17年にアシが背丈をこえるほど高く茂った沼湿地帯を切り開き、誰もが想像もしなかった沼南北に水路を造りました。

このことは昔からの言い伝えや沼での作業、あるいは子供の頃遊んだ経験等、沼を知り尽くした地元里山の会員だからこそ成し遂げられた大きな成果であり、高く評価されることだと思います。この水路造りが、後の沼復元に大きく繋がつていくことになりました。

 

平成16年以降試行錯誤を繰り返しながら、様々な復元池を造ってきました。田んぼ復元池造りから始まり、木製木枠復元池造りへと進み、やっとたどりついたのが、アメリカザリガニの影響(捕食)を受けない木製トンボ生簀でした。

木製トンボ生簀からベッコウトンボが羽化するまで、実に6年を要しました。今振り返ればアメリカザリガニとの戦いでした。またヒシの池は沼古来の水生植物が復活しました。

 

一方水路、通路脇には絶滅危惧種のヒメミクリが復活してかわいい実が見られるようになりました。このことは岩井里山の会が水路を造り水質浄化を試みた成果が出始めて、沼復活の兆しが見えはじめたことだと思います。この木製トンボ生簀は底、側は板及びネットで囲っていますが、掘り出した沼の土を埋戻し、沼に自生している植物を移植、また沼の水は四方から生簀の中に出入りできる造りとなっています。したがつて構築物ですが、沼本体と同じ機能を備えており沼本体と同じだと思います。

 

ベッコウトンボは僅かな環境変化でも激減、絶滅のおそれがあると聞き及んでおります。今年良くても来年は未知数であります。日々注意深く沼北湿地帯と生簀の状態を調査、観察、改良を行うことが大切と思われます。


今後も沼復活、復元を確かなものにするために引続き次のことが重要だと思います。


1. アメリカザリガニの捕獲駆除
アメリカザリガニは捕食実験で紹介したように大変脅威であります。これ以上増やさないように、ひき続き捕獲、駆除が重要であります。


2. 水質浄化
特に沼べりに堆積し、水質悪化の原因であるヘドロ化した枯葉の除去が重要です。これはアメリカザリガニのすみかになっているようです。そのためには沼に張り出している枝の除去が重要です。このことは水質浄化に繋がることであります。


3. 沼周辺の不用木の伐採
日の光が地面に降り注ぎ、雑草が茂り、これを餌に昆虫、小鳥が集まる明るい林を取り戻すことが重要だと思います。これらのことは、一挙に改善することは無理かと思われますが、日々少しずつでも改善していかなければならない重要課題であります。

 

私ども岩井里山の会の最終目標は、沼本体からベッコウトンボを安定的に四桁の羽化をさせることです。1,000頭の羽化までにも、まだまだ道半ばであります。
今まで会員は、湿地帯の底なし沼で、足場もままならぬ悪条件のなかでの作業で沼に落ち、全身沼につかりドロンコになりながら作業をしてきました。

こうした重労働や毒アリに刺され通院するなどの苦難などにもかかわらず、会員には桶ヶ谷沼は昔から関わりは深く、共に共存してきた身近な存在であり、愛着や思い入れがあり、沼・ベッコウトンボは地元の我々が守り、復活させようとの強い心意気で頑張って頂きました。ここで改めて会員の皆様に感謝したいと思います。


まだまだ安心できる状況ではありません。目標はみえつつありますが、油断は禁物、関係の皆様方のご理解と、会員の皆様方の一層のご協力により、トンボの宝庫にふさわしい桶ヶ谷沼復活を目指し、保全活動を続けてまいりたいと思います。